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福岡高等裁判所 昭和62年(う)126号 判決 1987年5月21日

本籍

香川県三豊郡高瀬町大字上麻三七七六番地

住居

長崎県下県郡豊玉町大字田一一〇九番地

真珠養殖業

原田雅次郎

明治三九年一〇月一一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六二年一月二七日長崎地方裁判所が言い渡した判決に対し弁護人小野正章から適法な控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官林信次郎出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小野正章が差し出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し次のとおり判断する。

所論は、被告人を懲役一年六月及び罰金二〇〇〇万円、三年間右懲役刑執行猶予に処した原判決の量刑は、罰金額において、不当に重いというのである。

しかし、記録を精査し、かつ当審の事実取調べの結果をも検討し、これらに現われた本件犯行の罪質、態様、動機、結果、被告人の年齢、性格、経歴、境遇、犯罪後における被告人の態度、本件各犯行の社会的影響など量刑の資料となるべき諸般の情状、とりわけ、本件は、真珠養殖業を営む被告人が、昭和五七年から同五九年までの三か年間、右各事業所得を秘匿し、所得税合計七八七二万七一〇〇円を逋脱したという事案であつて、その逋脱税額は多額に達し、平均逋脱率も九九パーセントの高率にのぼつていること、所得隠蔽の手口も架空名義等で預金するなど巧妙であること、脱税事犯は申告納税制度の健全な発展を阻害し、かつ国庫の基盤を侵蝕するばかりでなく、国民大衆の税に対する公平負担及び誠実な納税意欲を害する反社会性の強い犯罪であることに徴すると、犯情は悪質であって、被告人の刑事責任は重く、被告人が脱税した所得税の本税、加算税、延滞税等合計一億一四五六万三四〇〇円及び他年度分所得税等を納付したこと、被告人は本件について反省し、これまで前科前歴が全くなく、八〇歳の高齢であることなど被告人に有利な情状を斟酌しても、被告人を懲役一年六月及び罰金二〇〇〇万円、三年間右懲役刑執行猶予に処した原判決の刑の量定は罰金額においても相当であって、これを不当とする事由を発見することができない。論旨は理由がない。

そこで、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却することとする。

よって、主文のとおり判決する。

昭和六二年五月二五日

(裁判長裁判官 生田謙二 裁判官 池田憲義 裁判官 陶山博生)

○控訴趣意書

被告人 原田雅次郎

右の者に対する所得税法違反被告事件の控訴趣意は左記のとおりである。

昭和六二年三月一九日

右弁護人 小野正章

福岡高等裁判所第三刑事部 御中

被告人に対する刑の量定(罰金刑)は不当である。

原判決は、「被告人を懲役一年六月及び罰金二〇〇〇万円に処する。右罰金を完納することができない時は、金一〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。」旨述べている。

被告人は、右判決中、罰金二〇〇〇万円について不服で本件控訴に及んだものである。所得税法第二三八条第二項は、逋脱税額が五〇〇万円を超える時は、情状により、逋脱額の範囲内で罰金に処することができる旨規定する。然し、罰金は、情状を充分に考慮した適正なものでなければならないと考える。すなわち、本件に関して言えば、逋脱に至る経過、その支払能力等を充分に考慮したものであることが必要である。

本件は、原審における弁論要旨に述べたとおり、当初より脱税が目的というより不況対策として安易に考えてしたものが、予想に反して好況が持続した結果、脱税額が高額にのぼったものである。

被告人は、本件脱税の発覚により、重加算税を含めて金一億七四九七万六六〇〇円の納税を余儀なくされ、その支払能力は既に限界にきている。加えて、真珠養殖業は、その後不況となり経営は苦しさの増すばかりである。更に言えば、被告人は八〇歳の高齢であり、昭和五九年には心筋梗塞、同六〇年には脳梗塞にて入院しており現在に至るも自宅で療養中である。又被告人の妻も癌に侵され闘病中である。

これらの情状を考慮する時、原判決の罰金額は、本来罰金刑を課すことにより達成せんとした目的の範囲を逸脱して、被告人に過酷な制裁となるものと考える。

よって、裁判所におかれては、今一度再考の上、原判決の罰金額を減額する旨の寛大な判決を賜わるようお願いする次第である。

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